私がカスタマーサクセスを始めた時に知りたかった14のこと

蓄積されたビックデータからAI(人工知能)のディープラーニングを活用して、多様な業界・シーンで社会実装事業を展開する株式会社ABEJAにて、Insight for Retail事業部 カスタマーサクセスを務めながら、個人では、カスタマーサクセスコミュニティ「CSカレッジ」の立ち上げ、運営を行っている丸田絃心(まるた げんしん)さんに、ご自身がカスタマーサクセスを始めた際に「知っておきたかったこと」「今だからわかるアドバイス」を寄稿頂きました。
今、CSに関わっている方にも、これからCSを始める方にも是非読んでいただければと思います。

丸田 絃心氏
株式会社ABEJA Insight for Retail事業部 カスタマーサクセス
カスタマーサクセスコミュニティ「CSカレッジ」主宰
CS HACK 第2回 天下一武闘会 優勝

@genshin_maruta

これは2年前にカスタマーサクセスを始めたばかりの自分に贈る手紙だ。

この手紙がこれからカスタマーサクセスになるあなたにとって、僅かばかりでも前途に光明を見いだすきっかけになることを願う。

カスタマーサクセスは事業戦略によって在り方が変わる

君は今、カスタマーサクセスという得体の知れない概念に直面して正直少し困惑しているかもしれない。

知らない単語はすぐにスマホに尋ねる癖が、その困惑をますます深めているのではだろうか。
カスタマーサクセスという単語はウェブに数多く登場するのに、そこに明快な分かりやすい答えが見当たらないからだ。
君が真っ先に浮かべる疑問は「カスタマーサポートと何が違うのか?」だろう。

まずひとつ忠告しておくが、カスタマーサクセスとカスタマーサポートの違いを問うのは愚問だ。

ある側面から見ればカスタマーサクセスとカスタマーサポートは全く似て非なるものだ。オーストリアとオーストラリアくらい違う。
だが別の側面からみればカスタマーサクセスという看板を掲げて、内容としてはカスタマーサポート業務をやっていることは往々にしてある。
これは良し悪しでなく、会社ごとに顧客、プロダクト、ACV (Annual Contract Value) などによってカスタマーサクセスの在り方は千差万別で、むしろ事業戦略に寄り添う形で最適な形であるべきだからだ。

そういう意味で、カスタマーサクセスはカスタマーサポートと完全に業務を分けていることもあれば、一部を内包していることもおおよそ一致していることもある。

なので、カスタマーサクセスを他の職種との相対比較により理解しようとするのは避けた方が無難かもしれない。

「CS = CX + CO」の方程式をどう解くか

ではカスタマーサクセスとは何か?という問いにどう答えればよいだろうか。
アメリカのGainsightという会社が提唱しているカスタマーサクセスの定義が分かりやすい。

それが「CS = CX + CO」だ。

つまり、カスタマーサクセス = CS(顧客の成功)とは顧客が素晴らしいCX(顧客体験)を通じてCO(顧客の求める成果)を得ることであり、その実現に導く仕事である。

CXで重要なことは、最速でマジックモーメント(プロダクトの価値を実感する瞬間)に到達し、エフォートレス(労力やストレスなく)にCOを得ることだ。
そしてCOで重要なことは、プロダクトの活用を通じて計測可能な成果を得られ、その成果が継続することだ。

これを自社の場合は具体的にどう実現するのかを考えてみよう。

カスタマーサクセスとは価値のギャップを埋める仕事

ちょっと想像してみてほしい。

使ったら即座に効果を実感し、何の苦労もストレスも無く成功体験を得られ、その成功体験が続くプロダクトを。
そんなプロダクトがあれば絶対に買うし、使い続けるだろう?だが果たしてそんな完璧なプロダクトはどこにあるというのか。

無いのだ。そんなものは。

「人が求めている価値」と「プロダクトが提供できる価値」には常にギャップがある。

じゃあどうすればいいのかって?

このギャップを埋めるのがカスタマーサクセスという仕事なのだ。

このギャップが小さければ小さい(つまりプロダクトの成熟度が高ければ高い)ほど、カスタマーサクセスは能動的に顧客を支援してギャップを埋めにいく必要性が小さくなるから、業務の内容はトラブルシューティングのカスタマーサポートにより近くなっていく。

プロダクトのクオリティが高くなければ顧客に受け入れられ辛いB2C領域に、カスタマーサポート寄りのカスタマーサクセスが多いのはこういう側面もあるだろう。

もちろんB2Cにもカスタマーサクセスは必要な場合もあるし、某有名フリマアプリ企業のようにカスタマーサクセスが活躍している例も多々ある。

価値のギャップはプロダクト起点と顧客起点の2種類

この価値のギャップ問題には2種類ある。
一つはプロダクトの問題で、もう一つは使い手(顧客)の問題だ。

プロダクトの問題はシンプルで、顧客が求めている価値をプロダクトが未成熟なために提供しきれないことだ。
プロダクトの機能や質が至らなければ運用でカバーする必要が出てくる。これはエフォートレスに真っ向からぶつかる上に、価値が出るか否かが運用力の高さに依存してしまう。

使い手の問題はそれとは逆で、プロダクトは多種多様な機能を必要十分な質で兼ね備えているものの、使い手がプロダクトをフル活用するに足るリテラシーやスキルがないために、プロダクトが提供しうる価値を享受しきれないというものだ。

往々にしてプロダクトを作る側の人間は優秀であることが多い。

そして彼/彼女らのスペックで考える「当たり前にできるレベル」に合わせてプロダクトが作られると、多くの人はプロダクトを使いこなすために莫大なラーニングコストを払う羽目になる。

魚を釣るな、釣り方を教えろ

前者で言えば、カスタマーサクセスはプロダクトの成熟度が上がるまで運用でカバーする必要がある。
後者で言えば、カスタマーサクセスは顧客のリテラシーを高める教育が必要だ。

いずれにしても、カスタマーサクセスは基本的に伴走者であり代走をしてはいけない。
魚釣りで言えば、魚の釣り方を教える存在であり、魚を釣ってあげてはいけないのだ。

なぜか?

君が魚を釣ってあげなくなったら、その顧客は間違いなく釣竿を捨てる。つまり運用代行をやめたらプロダクトは活用されなくなりチャーンされる。

その顧客はもはやプロダクトに価値を見出して対価を払っているのではなく、そのプロダクトを代わりに運用してくれている「楽さ」に対価を払っているのだから。
そして顧客数が増えてきたら君はいつか魚を釣りきれなくなる日がくる。その日から君は会社の収益ドライバーという肩書を剥奪され、代わりにこんな不名誉な呼称を授かるだろう。ボトルネックという。

だからこそ、カスタマーサクセスである君は代走はせず伴走を心がけなくてはいけない。

顧客が無事に離陸するためのカタパルトであれ。君自身が離陸してはいけない。

顧客と自社の成功の”両立”を目指す

そういう意味でカスタマーサクセスは塾講師やライザップに似ている。
目指すべきゴールを設定し、そこに至るまでの道筋を描いて伴走していくのだ。

その中で直面するであろう悩みを事前に挙げておこう。

カスタマーサクセスでよく聞くのが「Be a trusted advisor (信頼のおけるアドバイザーになれ) 」というフレーズだ。

大半のカスタマーサクセスは顧客に長期的な目線で寄り添い、課題解決に尽力し、顧客の成功を第一に掲げて密にコミュニケーションを取っていく。
そうなると顧客から日夜様々な相談や依頼が寄せられるだろう。君が信頼されているからこそだ。
だがカスタマーサクセスはボランティアではない。あくまでもMRRや契約継続率の改善をKPIとして自社の収益に責任を負っていることが多い。

なので、君が顧客から受ける相談や依頼は取捨選択しなければいけない。

カスタマーサクセスは、顧客が自社のプロダクトを活用して成功することを支援することで、顧客がプロダクトを契約更新や追加課金してくれることを実現する仕事だ。御用聞きではない。

上記に関係のないことは愛と誠意を持って断れ。

君は「顧客の成功」と「自社の収益成長」の架け橋であることを忘れてはいけない。

その相談や依頼は「自社のプロダクト活用を通じた」顧客の成功に紐づくのか?それを受けることで顧客のMRRや契約更新率は上がるのか?を常に考えるのだ。
塾講師は生徒の恋愛相談に乗ってはいけない。恋の成就は偏差値にも塾の月謝にも跳ね返らないのだから。

自社の顧客のスペシャリストになる

そして恐らく君はこう思うだろう。

ではカスタマーサクセスを始めたらまず何をすればいいのか、と。

カスタマーサクセスになった君の最初の最も基本的かつ最重要な仕事は顧客理解を深めることだ。
自社の中で誰よりも顧客に精通している人間になれ。

カスタマーサクセスに必要な基本スペックは、顧客理解、プロダクト理解、問題解決力、顧客関係構築力などだが、全てのベースは顧客理解だ。

顧客の属する業界構造や課題、トレンドの理解、自社のプロダクトに関連する業務のフローやペイン、登場するステークホルダーの把握、そして顧客の求める成功の定義と定量的な計測方法などをきちんとやらなくてはいけない。
非常に当たり前のようで、実はちゃんと出来ている人は多くない。

顧客理解が浅いカスタマーサクセスの話は、自社のプロダクトの機能説明に終始する。なぜかって?それしか話せないからだ。

大学受検のことを知らない塾講師やダイエットに疎いライザップのトレーナーが、果たして生徒に信頼されるだろうか?

顧客理解を深めるためには顧客に聞いてしまうのが一番早い。

逆の立場で考えてもみてほしいが、顧客だって君が「うちの会社のこと完全に分かってるんだよね」などという考えは持っていない。

「他社のことだし他業界ならなおさら知らなくて当然だよね。なら分からないことはそのままにせずにちゃんと聞いて理解した上でより質の高い支援をして欲しい」というのが顧客の本音ではないかと思う。

業界特性や立場上それが難しそうなら、業界や業務に精通したコンサルタントに話を聞くのも一案だ。

ロードマップとプレイブックを作れ

次のステップは、ロードマップとプレイブック設計だ。

つまり、自社のプロダクト活用を通じて顧客をどのように成功に導くのかのステップとカスタマーサクセスの支援内容を決める。

ロードマップ設計の肝はオンボーディングだ。言わば初デートみたいなもので、ここをミスると全てが終わる。心して臨め。

プレイブック設計はカスタマーサクセスの心臓部だ。顧客が成功するためにいつ誰に何をするのかの作戦を決める。

間違いなく初めから完璧な計画は作れないだろう。クイックにプロトタイプを仮説ベースで作って、PDCAを素早く回していった方がいい。

顧客に期待しすぎるのは危険

ここで気を付けないといけないことがいくつかある。

最もありがちな間違いは前にも少し触れたが、顧客のリテラシーやモチベーションに過度に期待することだ。

リテラシー×モチベーションの高低のマトリクスで見た時に、能力もやる気も高い「勝手に成功する」顧客は一握りしかいない。

部下が優秀であることを期待するのは管理職の怠慢であるのと同じで、カスタマーサクセスも顧客が「これくらいできるでしょ」と思い込むのは禁物だ。

(正しい顧客であれば、ある程度は)どんな顧客でも成功に導ける設計を試みよう。

誰もがエベレストに登れるわけではない。

データは重要だが過信するなかれ

もうひとつありがちな間違いは、データの過信だ。

ロードマップやプレイブックの設計では定量的な判断基準が必要になってくる。ヘルススコアなんかもその一種だろう。

例えば「こういう状態の顧客はチャーンリスクがあるから支援が必要」というのを決める時に、WAU (Weekly Active Users) を見るとする。

「毎日使うはずのプロダクトなのに、もう1週間もプロダクトを使っていない」となれば、カスタマーサクセスチームに黄色信号が灯る。

しかしこれは裏を返せば、「頻繁にプロダクトが使われていれば大丈夫」という前提がある。

だがこれは必ずしも正しいとは言えない。

語弊を恐れず言うが、プロダクトは活用されなければほぼ間違いなくチャーンされるものの、使われているからと言ってチャーンされないとは限らない。

顧客がプロダクトを使っても”成果”が得られない、ROIが合わない、競合サービスの方が安い、顧客の業績が傾く、チャンピオンが退職する、プロダクトを徹底的に使いこなして目標を達成し大満足して”卒業”していくなど、活用度が高い顧客のチャーン理由は枚挙に暇がない。

だから改めて君に伝えよう。

数字は重要だ。絶対に見なければいけない。しかし過信してもいけない。

多角的な分析や手触り感のある定性情報も併せて総合的に判断しよう。

航行進路を航海データに頼り切っていたタイタニック号も、窓の外を目視確認していたら氷山を回避できたかもしれないのだ。

スケーラブルなカスタマーサクセスを目指す

3つめに、スケーラビリティの観点についても触れておこう。

事業のフェーズが進むにつれて、プロダクト機能のラインナップは拡充され、顧客数も増えてくる。

だがコスト的な観点でも人材市場の規模を考えても、それに耐えうるだけのカスタマーサクセスをバンバン採用できるわけではない。

そうなると、リソースを顧客数の増加と比例的に投入せずともカスタマーサクセス施策の効果が加速度的に増大していく仕組みを考える必要が出てくる。

カスタマーサクセスにおけるスケーラビリティの測り方は種々あるだろうが、ひとつの見方として担当者一人当たりの対応可能顧客数という指標を見てみよう。

例えばカスタマーサクセス1人が担当として持てる顧客数が10社だったところを、同じスペックのまま100社持てるようになるイメージだ。

彼/彼女が死ぬほど成長して優秀になるとか徹夜するとかそういう話ではない。笑

これを実現するためには、

  • テックタッチアプローチやテクノロジー活用により業務や施策の効率化や自動化を進める
  • プロダクトフィードバックを重ねて顧客のセルフサービス化を実現する改善を推進する
  • ユーザーコミュニティを形成して顧客の課題解決における相互扶助を促す


などのやり方があるだろう。

簡単に言えば、顧客がある程度は自分でプロダクトを使いこなせるような情報提供の土壌を整え、プラスアルファの画一的な支援策を少ない労力でどの顧客にも提供できるようにすれば、カスタマーサクセスのリソースが限られていても大勢の顧客を成功に導けるというわけだ。

トリアージとカフェテリア

ロードマップのフェーズ別に見れば、オンボーディングフェーズは義務教育のようなものなので型化は進めやすいだろう。

一方でその後のアダプションフェーズでは顧客ごとに状況・課題・要望が異なってくることが多く、型化の難易度が飛躍的に上がる。

そのため、提供するカスタマーサクセスの支援策やコンテンツの共通化・汎用化によるスケーラビリティの向上を追及しつつ、顧客ごとに異なる要望や課題に応じた個別化による打ち手の効果の向上を同時に図っていなければならない。

その際はトリアージとカフェテリアが有効だ。

トリアージは医療業界で使われる「優先順位をつけて対応する」という意味で、顧客をMRRや企業規模などでセグメンテーションし、トップティアの顧客にだけはハイタッチや個別対応を許容するが、ティア2以下はロー・テックタッチの汎用型施策で対応する。

カフェテリアは人事用語で「複数の選択肢から好きなものを選べる」ようにすることだ。
様々な学習コンテンツや勉強会などのカスタマーサクセスプランをあらかじめ用意しておき、顧客が自社の状況に応じて必要なタイミングで必要な情報を得られるようにする。

この時、個別対応やプロフェッショナルサービスと呼ばれるコンサルティングなどは有償化してプランに加えてもいい。

有償化の注意点

ただ、カスタマーサクセスの有償化は「お金を払ってまで依頼したい」と思われる無償プラン以上の価値提供ができるかの仮説検証は必須だ。

100円のコーラを1000円で売るような話ではなく、コーラとシャンパンくらい分かりやすく違いとメリットが説明できるようにしよう。

なお有償化はその目的がビジネスとしての収益化なのか、カスタマーサクセス施策の拡充なのかは明確に設定しないと後で混乱をきたす。

カスタマーサクセスのプレイブック設計の時は、常にスケールするかという問いを頭の片隅に置いて欲しい。

カスタマーサクセスの本質的な価値

最後に、これからカスタマーサクセスを始める君には最高の瞬間が待ち受けていると予告しておこう。

顧客の真の理解者かつ信頼されるアドバイザーになり、幾多の苦難を乗り越え成功への道のりを伴走した先にある顧客と成功の喜びを分かち合う瞬間は格別だ。

時には不測の事態で状況が大きく変わることもあるかもしれない。

金融用語で「事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象」をブラックスワンと呼ぶが、カスタマーサクセスは常にブラックスワンとの闘いだ。

チャンピオンは突如異動が決まり、案件は思わぬところで燃え、プロダクトは原因不明の障害で止まる。

だが環境や諸条件が激変してもカスタマーサクセスの仕事の本質は決して変わらない。

常に顧客が成功するためにどういう支援ができるのかを考え続けよう。

ブラックスワンに備えることは難しいが、対処することはできる。

共に危機を乗り越えた顧客と築ける関係性ほど強いものはない。

チャンスはいつもピンチの顔をしてやってくるものだ。

君が顧客の成功を願うように、私も君の成功を願っている。

丸田 絃心氏

株式会社ABEJA Insight for Retail事業部 カスタマーサクセス
カスタマーサクセスコミュニティ「CSカレッジ」主宰
CS HACK 第2回 天下一武闘会 優勝

関連記事

顧客起点マーケティングを実施するなら

ロイヤル顧客プラットフォームcoorum

ユーザーコミュニティ施策に関するお問い合わせやご検討中の方はお気軽に資料請求下さい。

a

This will close in 20 seconds